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2009年9月17日 (木)

メインへの旅② ワイエスに会いに行く

もう9月も中盤だなんて...

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7月のメイン州への旅の続きを慌ててアップ。
 
メインは海岸線の風景が美しく、自然に溢れた素朴な漁師町が多いのだけれど、ニューヨークやボストンに住む上流・中流階級の人々の避暑地でもあって、
別荘が多い。
マサチューセッツナンバーの良い車がたくさん走っているし、歩いている人々からは、さりげなく都会の匂いが漂ってくる。
メインの飾らない自然やひなびた景色の中に、ノスタルジーやアメリカの原風景を探し求める都会人達の洗練された感覚が感じられる。

アンドリュー・ワイエスも毎夏、家族でメインの別荘を訪れ、そこに構えたアトリエで創作活動を続けていた。
彼の作品の中にあるのはもちろん画家の思索の跡なのだけれど、メインの自然やそこに配した人間達の中に独自の意味を見出そうとする客観的で洗練された視線も感じる。
自然(=野蛮)に正面から向き合おうとする文明者の目線。
ワイエスの絵の中で人間はいつも自然と向かい合っていて、そこに漂う緊張感や人間の威厳のようなものにいつも惹き付けられる。

彼の別荘があったPort Clydeの近くにあるFarnsworth Art Museum でワイエスへのトリビュート展をやっていたので、観に行った。

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作品的には傑作ばかりという訳では無かったけれど、アンドリュー本人もよく顔を出していたという静かな美術館の内部を歩き、メイン州の空気を感じながら作品を鑑賞できて贅沢な時間だった。

絵を描く友達に「傑作が少なかった」と話したら、
「どんな巨匠だって、全て描く作品が傑作というわけじゃない」と言われた。
これまでニューヨークやパリなどの大掛かりな回顧展で見て来た作品は、ワイエスの選りすぐりの傑作ばかりだったんだと改めて思った。

美術館に併設されたワイエスセンターでは、同じく画家である息子さんのジェイミーや、挿絵画家だったお父さんのN.C.ワイエスの作品もあって、ワイエスファミリーの生活空間に近い場所にいるような気持ちになった。

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Port Clydeに向かう半島の途中。

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Port Clydeの灯台。

上品そうな年配の女性が二人、岩の上に座って海を見ていた。
銀色の髪の毛が風に吹かれて舞い上がり、今にも飛ばされそうな子犬のようだった。
二人はいつまでもそこに絵のように並んで座って海を見ていた。

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コメント

ワイエス、なつかしい響き。
高校生の頃、絵を描いていて、
ワイエスは、画集でよくみました。
本物も、何回か見たかもしれません。
覚えていませんが。
とにかく細かく緻密に書き込んでいくところが
なんか、ロシア人の小説のようで
本当は、違うのかもしれないけれど、
「この人の住んでいるところも
日が昇って沈んでいくだけのところ
なのかもしれないな。」
というようなことを思いました。
今ほど感情や思ったことが言葉で
上手く表せない頃のことです。
表現することが難しい感情の塊を
抱え込んでいたような頃のことです。
今になってみると、
いやー、若いっていいわ。と思います。
まぁ、年をとるのも悪くはないのですが。

投稿: yoojie | 2009年10月13日 (火) 15時45分

*yoojieさんへ

ああ、そうだったんですか〜。
絵をやっていらっしゃったのですね。
ワイエスは、路上の絵描きさんみたいな薄っぺらい印象を受ける作品もあったのですが、やっぱり違うって思わせる作品もありました。
息子さん、お父さん、それぞれスタイルが違っていて,比べるのも面白かったですよ。

歳を取るって、抱えていた感情の塊を表現出来る術を知るようになって、それらを手放してシンプルになって行くって事なのかな。。。と考えさせられました。

投稿: 林檎 | 2009年10月14日 (水) 01時25分

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